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2014年10月

2014年10月21日 (火)

辞任2大臣の罪

辞任した2人の女性大臣は何が悪かったのか?
簡単に説明する。

(1)小渕優子氏
政治家は有権者に「ごちそう」したり「奢った」り
してはいけないのである。
それは「買収」である。

今回の明治座観劇バスツアー、参加者がみんな
交通費も明治座入場料も食事代も全て自腹で払っていたのなら、
何ら問題はない。
参加者は確かに参加費を払っているが、
それで全ての費用が収まっておらず足が出ていて、
足が出た分を小渕優子後援会と政党支部が払った、
つまり「奢った」、ということで、完全にアウト。
これは私に言わせれば「買収」。
新聞・TVは「寄付行為に当たる可能性がある」と報道しているが。

あと、ベビー用品やスーツ代は政治活動費なのか?
ということ。
これは法的ではなく道義的なもの。
そんなもんを政治資金収支報告書に載せる神経が分からない。
ポケットマネーでしょう。

さらに、親族企業の商品を購入した件、これまたそんなもん
政治資金収支報告書に載せなきゃ良かった話。
あまりにもくだらなすぎる。
しかし、なぜそこまで大量にハンカチなどをギフトとして
購入しなきゃいけなかったのか?
そのハンカチを、もし贈答品として、
選挙区内の有権者に配っていたのなら、
それ関しても完全にアウト。
政治家は有権者に物をあげてはいけません。


(2)松島みどり氏
「うちわ」問題。
松島氏は「討議資料」と主張した。
これは完全に無理な言い訳。
なぜなら「討議資料」とは、法律用語ではないが、
政界では「後援会内部資料」的位置づけの広報物のことを言う。
それこそ「内輪」の資料のこと。
“特定”の人にしか行かない資料のことである。
しかし、松島氏は、自身の役職・氏名・イラスト・キャッチコピーが
入った「うちわ」を、祭り会場で、“不特定多数”の人に対して、
手渡しであげていた、ということである。
これは完全にアウト。
“不特定多数”の人間に手渡して良い政治家の広報物は
「政党機関紙」か「定期刊行物としての政治家レポート」
のみである。それしか認められていない。
ちなみに、政治家の名刺も不特定多数への配布はダメ。
つまり、松島氏の言う「討議資料」なるものは、
そもそも祭り会場で配布などしてはダメなものなのである。
そんなことも知らんのか!という突っ込みを私ならする。
「うちわ」かどうか以前の問題である。

ちなみに、追及した蓮舫参議院議員も
選挙中うちわを配っていたではないか、
との批判が出ているが、これは合法。
なぜなら選挙中に配布して良いビラとして、
選挙管理委員会の審査を通り、
証紙が交付され、それを貼って、
合法ビラとして配布しているから。
そんな法的なことも知らず、
「お前もうちわを配っていただろ!」と
ネット上で批判している輩はそれこそ「笑止」。

ちなみに、選挙中のビラの制限は「サイズ」と「枚数」。
「サイズ」は選管の審査があり、
「枚数」は選管交付の「証紙」で管理されている。
ビラの記載内容は自由である。

多くの有権者にとっては、誠にどうでも良い、
微に入り細に入りの法的な問題であると思うが、
前号にも書いたが、政治家は法律を作るのが仕事。
その法律を作る政治家が、国民に法律を守れ!と
言って法律を作っていながら、
自分は、他でもない、自らの職業の法的根拠となる
「公職選挙法」や「政治資金規正法」を守っていない。
これは許されざることなのである。

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2014年10月17日 (金)

公職選挙法

公職選挙法と政治資金規正法のポイントを、
今国会で問題視されている事例をもとに
分かり易く説明していきたい。

まずは、前提となる話から。
現行の公職選挙法。
こんなもん一刻も早く廃止した方が良い。
そして、ゼロから「新・公職選挙法」を作った方が良い。
選挙実務に少しでも携わったことがある人間だったら、
みなそう思っているに違いない。
こんなもん、普通選挙が実施されることになった大正時代に、
治安維持法と抱き合わせで出来た法律である。
つまり、国民による自由な選挙という観点ではなく、
権力側がいかに取り締まるか、規制するか、
という思想が根底にあるから、ろくでもない法律なのである。
あれしちゃダメ!これもダメ!という中身になっているのは
そういう歴史的背景があるからである。

しかし、公職選挙法改革など多くの国会議員は熱心でない。
なぜなら、選挙実務を経験していないからである。
担がれた神輿であるから、担いでいる人間の草履の話には
興味がないということである。
そして、何より、そんなことやっても票にならないからである。

とは言え、そんなデタラメ法律だからと言って、
破っていいわけがない。
そして、他でもない国会議員および国会議員候補者は
どんな法律でも破ってはいけないのである。
なぜなら、国会議員(浪人・新人含む)は
法律を作る側の人間であるから、である。
国民の自由な営みを規制することにも繋がる法律を作る側が
破っていいわけがない。
国民に「守れ!」と作りながら、自らは守らない。
こういうところに感度がない人間は
およそ政治家になる資格はない。
政治家という自らの権力に対する心構えが
ないということである。

また、本人にそういう感覚があっても、
その政治家の身内や後援会に
その心構えがない場合もある。
「法律?んなもん守んなくても、どうってことないだろ」
ぐらいな規範意識の者が内部に居ると、
まさに小渕優子氏のようになってしまうということである。
祖父の代から権力側、為政者側、支配側に居続けると、
警察も味方・身内であり、何やっても捕まる訳がない、
という意識になってしまうのだろう。
事の本質は、小渕優子氏の資質の問題というよりも、
事務所や後援会の中心人物たちの「驕り」の問題
のような気が、私はしている。

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